あらすじ

「此処の舞台に立ちたくて、だから嵐ヶ丘に来たんだ。芝居ができなきゃ、何の意味もない。」
森田七星は、はっきりとした口調でそう言い放った。目の前に立つ背広の男が、ぴくりと眉根を寄せる。冷ややかで、鋭い視線が彼を貫いていた。それでもなお、ぴんと背筋を伸ばした姿勢は崩さない。迷うことなく、ただ真っ直ぐに、芝居への想いを口にする。そんな彼の決して大きくはない背中を、東條育美は、ただじっと、見つめることしかできなかった。
舞台は、私立嵐ヶ丘学院高等学校。日本の未来を背負う紳士淑女の育成を目指す、中高一貫の名門校だ。物語は、校内に残されている寂れた館「かもめ館」に居座っている弱小演劇部を中心に展開される。
嵐ヶ丘演劇部はその昔、全国に名を馳せる名門中の名門だった。大会に出れば輝かしい功績を残し、校内で公演を行えば、生徒や教員にとどまらず、地元の人たちも集まり大盛況。
かもめ館のホールは、そんな演劇部の活動拠点だった。
しかし、十年前のとある出来事がきっかけとなり、演劇部は徐々に弱体化。いまや廃部寸前の弱小部活動となってしまっていた。
そんな演劇部の前に現れたのは、高等部から入学した新入生の森田七星。どうやら七星は、このかもめ館で演劇をするために入学してきらしい。中等部からの親友同士で演劇部部員の東條育美、百瀬朔太郎、橘桃華、中林夢乃は突然の新入部員の登場に困惑するが、ひと息つく間もなく新たな問題が浮上する。本年度より学院長に就任した、西條透也。彼の意向により、寂れたかもめ館を解体し、跡地に新しい教育棟を建てることが決定したのだ。
狼狽える演劇部員たち。しかし七星だけは激しく抵抗した。そんな七星の姿を見て、学院長はある条件を出す。
「六月に行われる我が校伝統の祭典、嵐ヶ丘祭。君たちにはそこで、公演を行なってもらう。その公演で此処の価値を...君たちの存在価値を証明し、私達を説得できれば、君たちの勝ちだ。」
本当に大切な想いは、何処にあるのか。
守りたいものは、何なのか。
探して、迷って、それでも手を伸ばしながら、
今、春に駆けてゆく。