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シーン6

  • 21lastplay
  • 2021年2月9日
  • 読了時間: 7分

更新日:2021年2月18日




「久しぶりだな。」


ひらひらと手を振るその人は、演劇部の面々を見て「デカくなったな、成長期か?」と呑気に笑った。見知らぬ人間の登場にきょとんとする七星の横で、朔太郎は「はあ〜?!」とやたら大きな声で驚きを露わにする。


「しょ、勝吾先輩?!」


桃華が驚きを隠せない様子でそう呼ぶと、勝吾は揶揄うように桃華の頭をぽんぽんと撫でた。


「おう、勝吾先輩だぞ。」

「あんた、去年卒業したんじゃ…?!」


朔太郎がそう聞くと、


「芝居修行に行ってたからな。期末試験受けそびれた!」


と、あっけらかんと笑った。


「うっそでしょ…」


呆れたように溜め息をつく朔太郎をよそに、勝吾は何処か遠くを見つめるように目を細める。


「最高にアツい街だったぜ、ニューヨーク…」

「アツくなってる場合じゃないでしょ、さっさと卒業しろよ!!」

「あ、そうだ。お土産あるぞ。成田空港で買った饅頭。」


ひょいと投げ渡された饅頭を見て、桃華は「どこ土産…」と不満げに呟く。


「成田空港だっつーの。誇れよ、日本の窓口だぜ?」

「ニューヨークはどうしたんだよ…」

「あー…まあ、土産話は山程あるから。つーかさあ、そんなことより…」


不満げな様子の朔太郎と桃華の愚痴は軽くかわし、勝吾は自分を訝しげに見つめる、見覚えのない少年と向き合った。


「キミ、演劇部、来てくれたのか?」


勝吾が問うと、七星は大きくいっかい頷いた。その様子を見て勝吾は「そうか」と満足そうに笑い、右手をすっと伸ばした。


「及川勝吾、高等部三年。ようこそ、嵐ヶ丘演劇部へ。」


差し出された手に目を落として、七星はまた、勝吾の目を見た。いつまで経っても取られない手の居心地が悪いのか、勝吾は「ん?」と疑問を零し、差し出した手でそろそろと頭を掻く。


「こいつ、あんま話通じないよ。まあ、先輩も似たようなもんだけど。」

「ひっでーな!俺は真っ当な人間だけど?!」

「真っ当な人間は自分のこと、永遠の18歳とか言わないから!いつまでいんの?」

「仕方ないだろ、卒業させてもらえねーんだから。」


及川勝吾は、演劇部の先輩だった。でもどうやら、ただの先輩ではないらしい。


「勝吾先輩、私たちが中一の時から高三なんだよねえ。」


桃華が苦笑いでそう呟くと、七星は初めて「先輩?」と不思議そうに勝吾を呼んだ。未知との遭遇といったような表情を浮かべる七星に、勝吾は小さく吹き出して笑う。


「おう、お前の先輩だ。演劇部の。」

「じゃあ芝居、するんですか。」


七星がそう聞くと、勝吾は自信に満ちた表情で頷いた。


「する。だから俺は、ここにいるんだ。」


勝吾の熱の入った言葉に七星は目を見開き、気合を入れるように姿勢を正す。


「噂には聞いてるぞ。お前ら、あの人とやり合うんだってな。」


そう言って勝吾は、雑に畳んだ嵐ヶ丘新聞を朔太郎に渡した。「かもめ館に危機襲来」と書かれた見出しを見て、朔太郎と桃華は不安そうに顔を見合わせる。その様子を見て勝吾は「ダイジョーブ」と力強く笑った。


「やるべきことはもう決まってんだろ。俺たちは、最高の芝居をするのみだ。」


勝吾の自信ありげな言葉に、朔太郎は、


「いや、はあ〜?!何言ってんのあんた、修行して頭どうかしちゃったわけ?!」


と、大袈裟な声をあげた。その反応を見透かしていたかのように、勝吾は「だから、」と言葉を続ける。


「力尽くで勝てる相手じゃねえだろ。だったら正々堂々、芝居で勝負するのみだ。」

「いやいやいや、絶対無理だから!!無理なもんは無理!!」


早口で文句を言い続ける朔太郎に、勝吾はむっと眉を顰めた。


「無理じゃねえ。いいか?学院長だかなんだか知らねえが、何の権限があって俺ら生徒の居場所を奪えるってんだ。此処は俺たちの館。彼処は、俺たち演劇部のホールだぜ?学院の主役は学生だろうが。大人の都合で言いくるめられてたまるかよ。」


勝吾がそうはっきり言い切ると、朔太郎はきまりが悪そうに口を噤んだ。七星が惚けたように「カッケェ…」と呟く声だけが、沈黙の中に落ちていく。そんな気まずい空気を振り払うように、勝吾は良い音を立てて手を叩いた。


「大丈夫だ、俺に任せておけ!あのものぐさ顧問もついにクビになったみてえだし、今日からは俺がビシバシ、お前たちを鍛えてやる!」


どんよりと暗い顔をする演劇部一同を慰めるように、勝吾はバシバシとひとりひとりの肩を叩いてまわる。そんな様子を不安げに目で追っていた育美は、困ったように小さく口を開いた。


「あ、あの…日下部、先生…」

「あ?日下部夏樹がどうしたって?どうせ辞めさせられたんだろ、あのヤバい学院長に。」


捲し立てるように言葉を重ねられて困った育美は、ぶんぶんと大きく首を振る。その動作で何かに気付いたらしい勝吾は「まさか」と大袈裟な反応した。


「まだいる、のか…」

「なっちゃん先生でしょ、いるけど。」

「うっっそだろ!!なんだよ、いるなら何でここにいねえんだよ…信じられないくらい相変わらずだな?!」


ぶつぶつとひと通りの文句を言った勝吾は、反応に困っている後輩たちの視線に気づいてわざとらしく咳払いをした。


「…まあ、アイツのことはどうでもいい。」


今更のポーカーフェイスを繕って、勝吾は改めて並んで立つ演劇部に向き直った。


「とにかく!!最高の芝居を目指すには鍛錬のみ!!ということで、お前らにファーストミッションを与える!」

「…ファーストミッション?」


朔太郎が怪訝そうに聞き返すと、勝吾は大きく頷いた。


「その名も、中林夢乃奪還大作戦。あいつをうちの部に取り戻すんだ。もちろん、芝居で納得させてな。」

「夢ちゃんを、芝居で?!なんで芝居…」

「だってアイツ、芝居好きじゃん。」


勝吾がさも当たり前のように呟くと、桃華は開きかけていた口をぎゅっと閉じ、行き場のない視線を床に落とした。


「芝居馬鹿の気持ちは、芝居でしか動かせねーからな。」

「そんなの、無理に決まってんじゃん!」


呑気に笑って肩を組もうとする勝吾の手からじりじりと逃れた朔太郎は、苛立った様子でそう言い捨てる。


「そうか〜?」

「そうだよ。どうせまた失敗して、恥かくだけだって。…もうやだよ。あんな思いすんの。」


ぼそりと付け足された最後の言葉に、育美は肩を震わせた。隠れようにも隠れる場所がなくて必死に小さくなろうとする育美に、勝吾はすかさず声をかける。


「育美、お前はどう思う?」


大袈裟に肩を震わせた育美が、そろそろと上目遣いで勝吾を見る。その煮え切らない反応に痺れを切らしたのか、勝吾は「東條育美」と強めの口調で育美を呼ぶ。


「芝居、やりたいか?」


勝吾の率直な問いに、育美は反射的に首を傾げた。やりたくないと言ったら、嘘になるかもしれない。けれど、出来るのか、それとも出来ないのかと聞かれたら、きっと出来ないと答えるだろう。自分が舞台に立っている姿が、歓声を、眩しい照明を享受している姿が想像できない。分かるのは、失敗したら終わり、ということだけだった。


「俺、は…」


口を開いたはいいものの、その後に続ける言葉は、何も考えていなかった。えっと、と小さく零した声だけが、誰にも届かずに情けなく床に落ちていく。向けられた視線に込められた気持ちが分からなくて、怖くなってまた下を向いた。そんな時、俯く育美をぐいと引き上げるような力強い声が、沈黙を破って部屋に響いた。


「やろうぜ。」


育美の肩をがっしり掴んで、七星は勢いよく、項垂れる頭をぐいと上げさせた。自信のなさそうに揺れる瞳は、未だに床を求めて七星を捉えようとしない。その様がもどかしくて、七星はさらに大きく強い声で「やろう」と迫った。あまりの圧迫感になおさら身体をこわばらせる育美を見て、朔太郎が間に入るように二人を引き剥がした。


「おい、育のこと困らせるな。お前に育の何が分かるんだよ。」


朔太郎が牽制するように睨みつけると、七星も負けじと眉間に皺を寄せる。あたふたと二人の間を取り持とうとする桃華の努力も虚しく、七星は朔太郎に詰め寄った。


「確かに俺は東條のこと、何も知らないかもしれない。でもこいつがこんなボロボロになるまで脚本読み込んで、芝居に向き合ってたのは事実だ。」


七星はそう言って、育美が大事そうに抱える脚本を指差した。ところどころ破れ、丁寧にセロハンテープで補修されている表紙の画用紙に、ページをめくり続けてついた左端のクセ。全てのページにはびっしりとメモが残っており、努力の跡がしっかりと残っている。

それを見て朔太郎は何かを言いかけ、口を噤んだ。その隙を突くように、七星はまた鋭い口調で言葉を続けた。


「お前だって東條のこと、分かった気になってるだけなんじゃないのか?」


七星はそうはっきり言い切ると、朔太郎をじっと見据えた。責めるようなその視線に、ふつふつと苛立ちが湧く。噛んだ唇も、握った拳も痛くて、目の端が熱くなった。


「うるせーよ…」


絞り出した声が震える。その情けなさを何とか拭いたくて、朔太郎は大きく息を吸った。


「うるせーんだよ!!」


そう言い捨てて、朔太郎は逃げるように外へと飛び出した。


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シーン33

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