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シーン7

  • 21lastplay
  • 2021年2月10日
  • 読了時間: 4分



「へえ〜…こんな話だっけ?」

「お前ら、この演目やったんだろうが。」


桃華のとぼけた言葉に、七星は怪訝そうな目を向けた。

昨日の学院長襲来事件が嘘のように、今日のかもめ館は静かだ。静かすぎて、不気味なくらいだった。恐らく他の部活民たちは、取り壊しに備えて新たな活動場所を探したり、部室の片付けをしたりしているのだろう。演劇部が学院長に打ち勝つだなんて、きっと誰も信じちゃいない。可能性はゼロじゃないにしても、夢物語でしかない。どことなく諦めムードを放つかもめ館は、普段に増してじめじめとしている。からりと晴れた空のようなハイテンションでいるのは、勝吾くらいなものだった。


「これはまだあらすじだからな。隊長の過去とか、親友役の入隊の動機とか、他の場面もつついたら、内容は盛りだくさんだぞ。」


演劇部の前に立つ勝吾は、そう言っていきいきとホワイトボードを引きずってきた。キャップを開けるコミカルな音も、熱血なマシンガントークに掻き消される。何か言いたげな桃華や育美の様子にも気付いていないのだろう。勝吾は息継ぎをする暇もないような勢いで、真っ白なボードに人物関係図を展開していった。


「なんつーか…深いな。」


七星が感心したように呟くと、勝吾は待ってましたと言わんばかりに指を鳴らした。


「だろ?芝居の基本は脚本の読み込み!実践はそのあとだ。テクニックで何でも誤魔化せると思うなよ。大事なのは脚本の理解と、一貫性のある役の解釈だ。」

「まずは座学が大事ってことっすか。」

「そういうこと。」


ノンストップで繰り広げられる熱血指導を、七星は真剣な顔つきでメモに残す。けれどその周りに座る育美と桃華は、脚本を見つめたまま、難しい顔をしていた。


「…なんだよお前ら。腹減ってんのか〜?」


あまりに澱んだ空気に耐えかねたのか、勝吾は大きな溜め息をつく。「飴食うか?」と差し出されたオレンジ味をやんわり拒否して、桃華が決まりが悪そうに口を開いた。


「そもそもの話なんだけど、三人でこの脚本は無理じゃない…?」


そう言って桃華は、勝吾の描いた人物関係図を指差す。大きな丸で囲まれたメインの登場人物は、全部で四人。そして今この場にいるのは、桃華と育美と勝吾、そして七星の四人だけだった。勝吾が裏方にまわるとすれば、舞台に立てるのは三人。今のままでは、メインキャストすら揃わない。


「う〜ん…そりゃあ、そうだなあ。」


桃華の言葉を肯定しながらも、勝吾は相変わらず余裕のある表情を崩さなかった。


「でもまあ、五人いれば何とかはなるだろ。」

「ま、まじ…?」

「まじまじ。俺がアンサンブル入ればいいだけだしな。」


ぱらぱらと指を折りながら、勝吾は適当にウンウンと頷いた。あまりの能天気ぶりに桃華は「も〜…」と苛立ちの声を漏らす。


「てかまず、五人いないしね、今。先輩入れて、四人だから。」

「だな。つーことでまずはお前ら、どんな手を使ってでも朔太郎を連れ戻してこい。話はそれからだ。」

「はあ?!朔ちゃん?!」

「今日中にだぞ、俺たちに与えられた時間は短いからな〜。時は金なりだ。」


目の前に座る意気消沈した桃華と育美に向かって、勝吾はビシッと指を差す。思ってもいなかった無茶振りに不満そうな桃華の横で、育美は困ったように俯いていた。その沈んだ表情を横目に見ながら、七星はそろりと手を挙げた。


「あの、稽古は?」

「稽古はそのあと。全員揃わないと意味ないだろ?」

勝吾があしらうように軽く流すと、七星はムッと唇を尖らせた。今日中に、朔太郎を演劇部に連れ戻す。しかも、芝居することに納得させて。それが簡単ではないことくらい、桃華と育美には分かっていた。今日だって何度も声をかけようとしたのに、朔太郎は逃げるように何処かに行ってしまった。いつもだったら、一緒にお昼を食べたり、部室で駄弁ったりしているのに。よほど、昨日の七星の言葉にショックを受けたらしい。


「朔ちゃん、大丈夫かな…」


桃華が泣き出しそうな声で呟くと、勝吾は少し目を逸らしてばつの悪そうに頭を掻いた。


「…この物語の主題は何だと思う?」


短い沈黙を破った勝吾が、演劇部に向き直る。唐突な質問に七星が首を傾げると、今はそれどころじゃないといった様子で、桃華は煙たそうな表情を浮かべた。


「ヒーロー物語、じゃないの?」


桃華の投げやりな答えに、勝吾は「うーん」と首を捻る。


「そうだな。でも、もうちょい踏み込んでいきたいところだ。」

「本物のヒーローは誰か、ってことじゃないか?」


名回答を閃いたように、七星は勢いよく立ち上がる。その元気の良い回答を聞いた勝吾は「意外と鋭いな」と目を丸くした。


「そうそう、そんな感じ。ここに出てくるヒーローたちはみんな、自分にとって大事な何かを守りたくて、そのための選択を繰り返して生きている。だからこそ、それぞれの信念がぶつかったり、逆に重なったりするわけだな。」

「大事な、何か…」


ホワイトボードに付け足された「信念」の二文字がぐるぐると囲まれていくのを見つめながら、育美は呟くように勝吾の言葉を反芻した。


「いいか。言葉にしなきゃ、何も伝わらない。これは大前提だ。でも、それだけじゃない。言葉にしなきゃ理解できないことだって山程ある。自分が何をしたいのか、何を求めているのか。どうして自分はここに居るのか。考えるんだ。そして、言葉にしろ。」


そう言うと勝吾は、真剣な眼差しで演劇部の面々を見た。


「お前らは一体、何を守りたいんだ。」


使用した音素材:びたちー素材館

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