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シーン13

  • 21lastplay
  • 2021年2月18日
  • 読了時間: 6分

「東條の進路希望書がまだ出てないんだ。お前、仲いいだろ?呼んできてくれないか。」


そんなお使いを担任から仰せつかって、透也は放課後の廊下を歩いていた。

教室からはとっくに姿を消しているからいるとしたら恐らく、というか九割九分、部室だ。あの東條晴美という演劇バカは、部活があれば必ずだれよりも早く部室に赴き、準備をしている。それはこの三年間の付き合いでよくわかっていた。


目指す部屋が前方に見えてくると、そこから笑い声が聞こえてくる。

部屋を覗くと、案の定、晴美と勝吾たち部員がじゃれ合って騒いでいた。


「まったく、やっぱりここにいたか、晴美。」

「お、どこいってたんだよ透也!ちょっとこっち来てよ!」

「なんだよ。それよりお前進路希望書がまだ出てないって担任が……」

「あー……そういえば忘れてた。」


あちゃー、なんて口では言いながらも全く悪びれない晴美にため息が出る。

対して晴美はポケットを漁ると棒付きの飴を取り出して、透也にずいっと差し出した。


「食べる?ほれ。」

「いらない。もうもらった。」

「そうだっけ?」


事あるごとに飴を配るのは、なんというか晴美の癖みたいなものだ。おかげで透也はここ数年、今までにないくらい飴を口にしている。


「まあいいや。それより早く早く!」

「なんだってば……」


受け取られなかった飴をポケットにしまいなおし、晴美は部室内へと透也の腕を引いた。ニヤニヤとみている勝吾を一睨みした時、透也の視界に見慣れないものが入る。


「……ビデオ?」

それは三脚に鎮座する真新しいビデオカメラだ。そういえば前に大会の優勝賞金で購入しようといっていたか。


「お疲れ様です、先輩。とりあえずここに立ってください。」

「とりあえずってなんだ。」


勝吾の指し示すところに引っ張られ、透也は渋々カメラに顔を向ける。


「はいはい!部長、副部長、並んでー!」


普段は照明係の幸乃が、ビデオカメラをいじっていた手を止めてこちらに呼びかけ、晴美が透也の横に収まった。説明を求めるように軽くにらむと、視線に気が付いた晴美がニッと笑う。


「活動記録だよ。」

「……なんでまた。」


また何か思いつきなんだろうな。そう思いながらも尋ねると、晴美はよくぞ聞いたとばかりに大きな身振りで部室の壁の写真やポスターを示す。


「未来の演劇部のために!」


見渡せば、そこにはずっと前の先輩たちのものから、自分たちの行った最近の公演ものまで、色もとりどりに並んでいた。視線を戻すと、晴美は満面の笑顔で透也に続けた。


「『最高!』って思える舞台でさ、『最高!』って思える思い出を、未来の演劇部員たちにも持ってほしいんだ。映像のほうがきっと楽しめるだろ?」


きらきらと輝く瞳に、ああ、こいつは本当に演劇バカだなと、どこかぼんやりと透也は思った。


「ということで。さ、一言どうぞ。」

「……嫌だ。面倒くさい。」

「え、なんか言ってよ。」

「やだ。俺は忙しい。」


そもそもここにだって、担任から言われて晴美を呼びに来たのだ。

不満げに口をとがらせる晴美にもう一つため息をつく。しかし晴美はそんな透也にかまうことなく、ぱっと笑顔になった。


「あ。じゃあさ、じゃあさ!芝居しない?この前の脚本、まだあるでしょー?」

「は?」

「芝居だったらいいじゃん!やろーよ!」


言うが早いか、晴美は自分のカバンのもとへと駆けより、中から台本を取り出した。散々見慣れたそれには、付箋や書きこみが至るところにされているのを知っている。


「良いっすねー、俺もやりたいっす。」

「でしょ?透也のヒーロー伝説、ちゃんと残しとかなきゃな〜」

「あれ格好良かったもんねー」


笑いあう勝吾と晴美たちに気恥ずかしさで居心地が悪くなり、透也は言い放った。


「やめろって。俺、ヒーローとか…そういうタチじゃないだろ。」


透也の強い語気に、笑っていた部員たちがシンと口をつぐんだ。ああ、まずったな。そう思いながらも、一度口にしてしまった手前、訂正する術が見つからない。


「透也は、ちゃんとヒーローだよ。」


真剣な声に、ゆっくりと視線を向けると、晴美がニコニコと透也を見ていた。


「守りたいもの、守りたい人のために強くなる。そのために頑張れる奴は、みんな誰だってヒーローだ。これは、そういう物語だろ?」

「ですね。」

「そうね。」

「そうだな。」


勝吾や部員たちも、ニヤニヤしたり、頷きながら同意する。

そのまっすぐな言葉たちにむずがゆくなり、透也は落ち着こうとわざとらしくため息をついた。


「はあ…どこからやるんだ。シーンは?」

「結局乗り気じゃないっすか。」

「うるせえ。どうせやんならサッサとやるぞ。」


いつもの調子に戻った透也に、勝吾がちょっかいを出す。二人のやり取りに笑いながら、晴美が号令をかけた。


「よし、じゃあ準備すっかー。みんな脚本持ってこーい。」


「はーい」と部員たちが各々準備をし始める中、ビデオカメラが三脚に乗せられたままあらぬ方向を見ているのに透也は気が付いた。さっきのやり取りで、位置がずれたのだろう。せめて邪魔にならないように寄せようと手をかけたとき、後ろから声がした。


「なあ、透也。」


振り向けば、台本を片手に晴美がこちらを見ている。


「なんだよ。」


透也が問うと、少し、間をおいてから、晴美は言った。


「一緒に芝居、しような。」


柔らかくも、しっかりとしたその言葉に、ここを卒業しても、大学に行っても、晴美とずっと演劇をしていく、そんな映像が透也の脳裏にひらめいた。







ああ、あいつはあの時どんな顔をしていたっけ。





暖かな日差しのさす窓辺に立ちながら、透也は勝吾から押し付けられたチケットを、手持ち無沙汰に眺めていた。明らかに手作りとわかるそれに書かれているのは、自分も良く知る演目、『星屑の英雄たち』。観に行くつもりなどさらさらなかったが、何故だか捨ててしまうこともできないでいる。机の横にある屑籠に投げてしまえばいい。それだけなのに、そんな簡単なことができない。


コンコンとノックの音が入り口からした。


「入れ。」

「失礼いたします。」


扉を開けて部屋に入ってきたのは瑠璃子だ。


「どうした。」

「演劇部のことで、ちょっと。」


ピクリと、無意識に口元がひきつる。


「なんだ。」

「はい。現在、再興のために活動を再開しているようです。及川勝吾を中心に稽古も行っているとか……。いかがいたしましょうか?」


透也を伺いながら、小首をかしげて瑠璃子は尋ねる。


「……放っておけ。どうせ何もできん。」

「いいのですか、中途半端に泳がせておいて。貴方様らしくもない。」


もったいぶったような、見透かしたような言葉にイラつき、チケットを机に叩きつけて瑠璃子を睨み付ける。


「何が言いたい。」

「いいえ、何も。ただ、貴方様がとても迷っているように見えたので。」

「迷っている?俺が?」

「はい。ここのところ、ずっと。だって、貴方様は…」

「失礼いたします~。お掃除に来ました~!」


瑠璃子の言葉を遮るように、ノックもなしに美和子が登場した。部屋に入るなり「あら」という顔をして、透也と瑠璃子を交互にみやった美和子はニコっとほほ笑むと気にする様子もなく、持っていたゴミ袋に、机や棚に放置されているものを入れ始めた。

切れた会話を続ける気も起きないので、透也は読みかけていた書籍を手に理事机に座る。瑠璃子は黙って立っているままだった。


「これもゴミ、あれもゴミ……これは捨ててもよろしくて?」


視線を向けると、美和子の手には、先ほど机に叩きつけたチケットがあった。


「だめだ。」


透也の強い語気に、少し口をつぐんでから、「わかりましたわ」と美和子は静かにチケットをもとの位置に戻した。


「それでは、失礼致します。瑠璃子さん、ゴミを捨てるの手伝ってくださいね。」

「あ、ええ……わかりました。」



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