シーン14
- 21lastplay
- 2021年2月19日
- 読了時間: 4分
昨日の小テストは散々だった。テストの存在を忘れていた七星は教科書を家に忘れ、仕方なく教科書を貸してしまった朔太郎は、一点足りずに追試決定。追試常連の七星と共に、今は再試の勉強をしている。放課後の教室は静かで、窓の外から運動部の元気の良い号令が聞こえるだけだ。真面目に教科書をめくる朔太郎の横で、七星はつまらなそうにプリントの裏に落描きをしていた。
「稽古、行こうぜ…」
「ダメだよ、追試落ちたらヤバイんだぞ!」
「テストよりも稽古の方が大事だろーが。」
七星がいたって真面目そうな顔つきでそう言うと、朔太郎は呆れたように息をつく。
「追試落ちたら、稽古の時間減るけどな。補習あるし。」
「…それは嫌だ。」
不貞腐れたように教科書を開く七星を見て、朔太郎は気怠そうに頬杖をついた。そもそも七星が教科書を忘れなければ、小テストに落ちるなんて失態はしないはずだったのに。とんだ災難だ。練習問題に手をつけようとしながらも、退屈さに耐えかねてずりずりと頭を落としていく。
「でもさあ、今回の範囲、地味に広いよな。育も昨日はワークやりながら寝落ちしたとか言って、珍しく焦ってたけど。」
朔太郎が何気なく話を切り出すと、七星は驚いたように朔太郎を見た。
「…東條も、そういう話するんだな。」
「え、するでしょ。普通に。」
「そっか。」
七星が納得したように頷くのを見て、朔太郎はムッと眉根を寄せる。
「お前さあ、育のことなんだと思ってんの?」
「…演劇、好きな奴。」
「それで?」
七星が少し考えてそう答えると、朔太郎は間髪入れずにその続きを求める。
「一緒に芝居、できて…それで…」
良い言葉が見つからないのか、七星が珍しく口籠もった。その様子を見て朔太郎は「だからさあ」と歯痒そうに切り出す。
「そういうんじゃなくてさ。もっとあるじゃん。仲間とか、友達とか。」
自分が例えとして挙げたワードが急に気恥ずかしくなったのか、朔太郎はノートの端に意味のない図形をぐりぐりと書き散らした。
「なんか、あるだろ。そういうの。」
朔太郎がぶっきらぼうにそう言うと、七星は不服そうに首を傾げた。
「どういうのだよ。」
「だから、相手のこともっと知りたいとか、色々話して欲しいとか、一緒に遊びたいとか…そういうの、思うだろ。普通。」
朔太郎が自信なさげに付け足した「普通」の二文字を、七星は腑に落ちない様子で反芻した。朔太郎がこくりと頷いて、もう一度だけ「普通」と付け足すと、七星は思い悩むように小さく唸った。
「一緒に芝居はしたい。でも、それ以外はよく分からない。」
そう呟いて、七星は頭を掻いた。
「東條が俺にそういうこと話さなくても、一緒に芝居できるなら、俺はそれでいいと思う。…あいつも、そう思ってると、思う。」
「ほんとかよ。」
七星の自信なさげな言葉を、朔太郎は怪訝そうな表情で突っぱねた。
「お前、俺に言ったよね。育のこと、分かった気になってるだけじゃないのかって。お前はどうなの。」
七星の返事を待たずに、朔太郎は強気の言葉で攻め込んでいく。演劇部、部員、同じ一年生で、芝居が好きなヤツ。七星が育美について知っていることは、それだけだ。でもそれが全てだと思っていた。育美と会えば、芝居の話しかしない。それで不便はしてないし、これからも同じ演劇部員として活動していくためだったら、特に問題はないはずだ。一緒に芝居ができれば、それでいい。それ以上の何かを求める必要なんて、どこにもない。そう思っていた。
「…別に、いいだろ。芝居するのに支障はないんだし。」
さんざん黙りこくった挙句、七星は早口でぼそりと言い逃げた。そのいまいち納得のいかない表情に、朔太郎は「分からず屋」と溜め息をついた。
「あ〜、疲れた。お馬鹿に勉強教えてたら、疲れちゃった。」
「別に、何も教わってないけど…」
「どうしよっかな。さっき育に『放課後、脚本探し手伝って〜』って頼まれたんだけど、疲れたな〜、帰りたいな〜。」
朔太郎が胡散臭い芝居でニヤリとすると、何かを察したのか、七星は警戒するように眉を顰める。
「ってことで、代わりに行ってきて。部室だから。」
「何で俺なんだよ…」
「大事だろ、役者同士のコミュニケーションは。」
「お前も役者だろうが。」
七星の正論を軽く流して、朔太郎は「図書館行ってくる」と荷物をまとめ始めた。ここでは集中できないらしい。七星と違って、朔太郎は追試落第の課題回避に本気だった。
「それじゃ、頼んだわ。」
手をひらひらと振って教室を立ち去ろうとする朔太郎を、七星は慌てて呼び止める。その必死な様子を揶揄うように、朔太郎は「サボんなよ」と振り返らずに言った。
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