シーン16
- 21lastplay
- 2021年2月22日
- 読了時間: 4分
更新日:2021年2月27日
「じゃ、こんな感じで。あとはヨロ。」
「了解です、宣伝は任せてください!」
「ありがと。じゃあ、また。」
手を振って小走りで部室に戻っていく新聞部員を見送って、夏樹は冷めた缶コーヒーを一気に啜る。
公演の準備が本格的に始まって一週間。裏方チームの準備は概ね順調だった。広報を任された新聞部や宣伝美術を任された美術部は、さっそく仕事に取り掛かっている。他にも大道具準備やら衣装準備やら、やらなきゃならないことは山積みだ。ゆっくり昼を食べている暇もない。けれど忙しい合間に掻き込むカップラーメンは、何故かいつもに増して美味しく感じる。忙しいほうが人生充実しているなんて、自分も重症だと夏樹は笑った。
「おーっす、先生。お疲れです。」
廊下の角を曲がると、良いタイミングで部屋から出てきた勝吾と鉢合わせる。派手な色の練習着を身につけた勝吾は、いつもに増して稽古に熱が入っている様子だった。季節柄に合わない、大量の汗を拭っている。
「おつ。稽古、順調?読み合わせして、配役まで決めたんだっけ。」
「そ。今日はシーン練習。やっとそれっぽくなってきたわ。」
部屋の中から聞こえるぎこちない台詞に、勝吾と夏樹は顔を見合わせて笑った。
今回の物語は、銀河鉄道のオマージュ作品。主人公は現代の高校生だ。
登場人物たちの感情の揺れ動きは、激しくない代わりに繊細で、そこの表現が鍵となる。まだまだ駆け出し役者の演劇部員たちには、そこが大きな壁となっているようだった。
物語のキーマンとなる車掌の少女を演じるのは、桃華。ミステリアスで掴みどころのない雰囲気もありながら、主人公たちを導く重要な役どころだ。
「やっぱあの独特の雰囲気出すの、難しいんだよな。」
「あーね、浮世離れしてる感じ?」
「うん。子どもだけど、子どもじゃないっつーか…達観した眼差しの表現ってさ、難しいだろ、高校生には。」
桃華は、飲み込みが早い役者だ。勝吾がテクニカルな指示を出せば、大体のことはその日のうちに形にできる。器用なのだろう。だからこそ、表現に感情を伴わせることが難しいようだった。脚本の読み込みと、キャラクターの背景を深めていくことが、今後の課題になるだろう。
「で?難破船の青年役は?」
「朔。あれは実際、ハマり役だろ。」
空に浮かぶ難破船で、独り妹を待ち続ける青年の魂。その役を演じるのは、朔太郎だ。心に抱える切なさや寂しさを隠しながらも、隠していることが観客に伝わらなければ、薄っぺらい表現になってしまう。そこのバランスが難しい役だ。それでも朔太郎が何となくその感覚を掴めているのは、キャラクターの深堀りがしっかりできているからだろう。感性が豊かな朔太郎は、好きな漫画を読んだり、音楽を聞いたりするたびに、泣いたり笑ったりと忙しそうだ。今回の脚本も気に入ったのか、毎日しっかりと読み込んでいるらしい。あとはその理解や解釈を表現にどう活かすかを詰めていきたいところだ。
「夢乃はあれか…蠍?」
「そうそう、難しい役だからな。アイツしかできないだろ。」
永遠に燃え続ける炎の中で、苦しみながら消せない後悔に悶える、一匹の蠍。人間ではない役どころに加えて、幼い精神年齢を表現するのが難しい役だ。普段は落ち着いている、大人らしい夢乃からは想像できない、無邪気な姿。何とか形にはなっているものの、まだ恥じらいが捨てきれないらしい。思い切って役に入り込むまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「俺は好きだけどな。なんかこう…厨二っぽいキャラ?」
「それ、本人に言わないであげてよ…」
ケラケラと笑う勝吾を咎め、夏樹は微かに聞こえる声に耳を傾ける。夢乃が台詞を読んで、朔太郎と桃華が笑って、楽しそうに稽古をしている様子が目に浮かぶ。しかし、肝心の主人公二人組の声が全く聞こえず、夏樹は首を傾げた。
「ねえ、主人公ズどうしたの?別の部屋?」
夏樹がそう聞くと、勝吾は「あ〜…」と頭を掻いて言葉を濁す。
「それ何だけどさ…」
「おい!!いい加減にしろよ。」
渋々と口を開いた勝吾の言葉を遮るように、壁を突き抜けるような怒号が聞こえてくる。七星の声だ。
「…ヤバいの?」
「…まあ、ヤバいんだわ。」
苦笑いを浮かべる勝吾を押しのけるように、夏樹は扉を勢い良く開ける。部屋の中には重い沈黙が流れていて、朔太郎と桃華、そして夢乃は、突然開いた扉に驚いたように目を向けた。部屋の中央に立っている七星と対峙しているのは、深く俯いた育美だ。脚本をぎゅっと握り締め、全く顔を上げようとしない。そんな育美の頑なな様子に、七星はまた鋭い声を張り上げる。
「やる気ないなら、芝居、やめろよ。」
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