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シーン18

  • 21lastplay
  • 2021年2月25日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年2月27日



勝吾は外のベンチに深く座って、台本を眺めていた。年季の入ったそれは、今度上演する、懐かしい、忘れがたい演目。沢山のメッセージが込められたこの作品を綴ったその人は、もうこの世にいない。伝わってほしい相手は意固地になって、受け取ろうともしない。『星屑の英雄たち』にも、結局彼は来なかった。


——————ままならねぇなぁ


物思いにふけっていると、カツコツという足音が聞こえた。顔を上げると、目当ての人物が近づいてくるのが見える。ふっと息を吐いて笑うと、勝吾は立ち上がった。


「西條先輩、お久しぶりです。」


足を止め、透也は露骨に嫌な顔をして勝吾を睨んだ。


「お前の先輩になった覚えはないな。」

「なんだよ、つれねえな。俺たち、一緒に全国まで行った仲じゃないですか。」

「さあ、なんのことだか。」

「この間の、あんた来なかったでしょ。」


ピクリと眉毛を動かし、透也は一層強く勝吾を睨む。

へらりと勝吾は笑った。


「ひでぇなぁ。せっかくチケット渡したのに。」


止めた足を再び動かし、勝吾の横を透也は歩きぬけようとする。

右腕を広げ、勝吾がそれを阻んだ。


「あんたには、ちゃんと伝えておこうと思って。」


少し張り上げられた声に、透也はゆっくりと勝吾の顔を見る。


「嵐ヶ丘祭での演目が決まりました。これを、やろうと思います。」


勝吾は、左手に持っていた台本を透也の目の前に掲げた。

その題名に気が付いた瞬間、透也の目は驚きに見開かれ、見る見るうちに顔は不愉快そうにゆがんだ。


「どういうつもりだ。」

「どういうつもりも何も、アイツらが勝手に見つけてきたんで。まあ俺も、止めはしなかったんですけどね。」


手に持っていた脚本を勝吾はぺらぺらと捲っていく。そして、破られたページでその手を止めた。


「でも、おかしいな。この脚本、最後のシーンがごっそり抜けてるんです。破ったような跡もあるんですけど。古いからかな。」


勝吾のとぼけた口調に、焦れたように、透也は訊いた。


「……何が言いたい。」


パタンという音を立てて、台本を閉じ、透也に向けて再び掲げる。


「これ、先輩のかなと思って。」


問うようでいて、答えを確信している口調で勝吾は話す。

透也は答えなかった。しかし、構うこともなく勝吾は続ける。


「あの時のこと、後悔していますか?」


勝吾は透也に向けて、というよりも、独り言のように零した。


「俺は、忘れられません。あの日のことも、その先のことも。消えていく仲間やあんたの姿を見てることしかできなかった。そんな弱い自分が、俺は今でも、めちゃくちゃ嫌いだ。でも俺、もっと忘れられないことがあるんです。」


意識的にまっすぐ透也の目を見て、勝吾は、一番伝えたかった言葉を口にする。


「あんた達が舞台に立つ姿は、最高に格好良かった。今でも俺の、夢です。」


透也に向かって勝吾は一歩踏み込むと、その胸に台本を押し付けた。 


「俺たちは、やります。もう絶対逃げねえし、諦めねえ。この演目を復活させて、俺たちがあんたに最高の芝居を観せてやる。」


勝吾の強い口調に透也は顔をゆがませる。


「馬鹿なことを言うな。お前たちが俺を満足させられるものか。俺が求めるのは、完全かつ完璧な…」

「完璧じゃなくてもいい。最高の芝居をしよう。東條先輩がよく言ってましたね。」


怯んだように透也は口をつぐんだ。


「完璧よりも、完全よりも、もっと大事なことがある。そう教えてくれたのはあんた達だ。……思い出せよ。忘れないでくれ。あんたはもっと、違ったはずだ。」

「…違うってなんだ。変わることがそんなに悪いか?二度と戻ってこない過去にしがみついてるお前たちの方が、よっぽど悪だ。変われるはずの未来を潰している!!」

「そうかもしれない!!…でも俺は…俺たちは、繋ぐために芝居をするんだ。」

「何を言って……」


「そこまでです」


熱を帯びてきた二人のやり取りを遮って現れたのは、美和子と瑠璃子だった。

まっすぐと二人のもとに歩いてきた八神姉妹は、勝吾に向き直る。


「及川勝吾、ここで何を?」

「下校時刻はとっくに過ぎています。これ以上の居残りは、罰則になりますよ。」

「やべ。それでは、また。」


今一度透也に台本を押し付けると、勝吾は一礼をして、歩き去った。



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