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シーン22

  • 21lastplay
  • 2021年3月4日
  • 読了時間: 5分

「あ、ちょっと百瀬くん!動かないでってば!そんなパチパチ瞬きしないで!」

「え…う…どうやって…?」

「気合で。パチパチしなきゃいいから。パチパチ。」

「パチパチとは?」


朔太郎の肩をがっしり掴んだメイク担当は、手際よくアイラインを引いて、すぐさま夢乃のヘアセットに取り掛かる。

今日は部室を出入りする誰もが忙しそうで、それだけで「本番」の二文字を、嫌でも意識してしまう。

ごくりと生唾をのむ朔太郎の横で、夏樹は普段通り、強めエナジードリンクを片手に笑っていた。


「あの子ねえ、ちっさい頃から演劇好きなんだってさ。ウチで芝居を観たのがきっかけだと。」

「あら、そう…」

「今回メイクお願いしたらさ、めっちゃ喜んでくれたよ。演劇部復活の手伝いができるなんて、思ってなかったって。」


にやにやと悪い顔をする夏樹を、朔太郎は怪訝そうな表情で見る。


「もしかして、プレッシャーかけてます?」

「うん。かけてる。」

「え〜…やめてよ、もう…俺がプレッシャーに弱いの、知ってるだろ…」

「メンゴメンゴ。でもさあ、分かって欲しいのよ。あんた達に、みんなの想いが託されてるってこと。もちろん、アタシのもね。」


しかめっ面で胃の辺りをさする朔太郎の背中を、夏樹は励ますようにぽんぽんと叩いた。

舞台監督を担当する映画部の部長が、開場までの残り時間を早足で伝達している。慌ただしく行き交うスタッフの後ろ姿を眺めて、朔太郎は弱々しく胃をさすっていた拳をぎゅっと握った。


「みんな、頑張ってくれてるんだもんな。この舞台のために。」

「その通り。気合入った?」


夏樹の問いに、朔太郎は大きく頷く。

その目が想像していたよりもずっと真っ直ぐで、夏樹はふっと笑みをこぼした。


「…あのさ、先生の想いって、結局なに?」


予想もしていなかった問いかけに、夏樹はこてんと首を傾げた。


「え、なんで?」

「いや、別に。俺が連れてってやろうかなと思って。」

「うわ、エラソー。」


夏樹が揶揄うように笑うと、朔太郎は耳まで真っ赤に染めて「なんだよ」と不貞腐れたように俯く。その様子が可愛らしくて、夏樹はまだセットの済んでいない柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でた。


「そうだねえ、アタシの想いねえ。」

「ないなら、別にいいけど。」

「いや、あるある。…楽しんできてよ、舞台の上。失敗してもいいからさ。」


夏樹の言葉に、朔太郎は不満そうな声を漏らした。


「はあ?それだけ?」

「うん。舞台袖から観る景色は、愉快な方が退屈しないしねえ。転んだら笑ってあげるから、心配しなさんな。」

「するよ!絶対やだ!あ〜〜もう、変なこと言うから緊張してきた…」


脚本をめくってぶつぶつとセリフの確認を始める朔太郎に、夏樹は苦笑いを向けた。


「重症だねえ。」


独り言のように呟いた言葉が聞こえていたのだろう、少し離れた場所に座っていた夢乃も一緒になってため息をつく。

そんななんてことない会話をしている内に、衣装チェックを終えた桃華と勝吾も部室に戻ってきた。


「みてみて〜、衣装どう?」

「おお、いいじゃん。この前はなんか、ホラ、衣装に着られてるって感じだったもんね。」


夜空のような色合いの車掌服を身に纏い、夏樹の前で桃華はくるりと回ってみせる。裾と袖の長さはぴったりだ。部室に眠る過去公演の衣装を引っ張り出してきたはいいものの、少しサイズが大きめなそれは、小柄な桃華には合わなかった。衣装担当が製作やら購入やらで大慌ての時期だったため、勝吾がサイズ調整をすることになっていた。


「どうよ、俺の裾上げ技術は。」

「知っちゃいたけど、あんた案外なんでもできるよね。」


自慢げに「まーな」と返す勝吾に「じゃあなんで留年してんの?」と、夢乃が呆れ気味につっこむ。じゃれるように「それは禁句だろうが」と笑うと、その場にいた全員がつられて吹き出すように笑った。


「そうだ、いっくんは?衣装さんに呼んできてって言われたんだけど…」


桃華がふと気付いたように辺りを見渡すが、部屋の中に育美はいない。夏樹もそのことに気づいたのか「あー…」と気の抜けた声を漏らした。


「そういえば、全然見てないね。」

「おいおい、あいつ大丈夫か?ほら、最近ちょっと、頑張りまくってたし。」

「確かに。ちょっと心配だよね。」


そう言って夢乃と勝吾は、不安そうに眉を顰めた。最近の育美の頑張りは、一緒にいた誰もが認めている。稽古中の真剣な様子はもちろんのこと、暇さえあれば自主練習に励む姿もちゃんと見てきた。他のメンバーがどんなに頑張って追いつこうとしても届かないほどに、誰よりも本気でこの芝居に取り組んでいることを感じた。

育美が、本気で芝居をしている。

それはきっと喜ばしいことのはずなのに、周りはなぜか不安を拭えずにいた。


「やっぱ、プレッシャー感じてんのかな。」

「まあ、そうでしょ。一応アタシたち、存続の危機だし。」


朔太郎が心配そうに呟くと、夢乃が何となく口にしづらかった現実をズバリと放つ。


「そうねえ。上手く息抜きさせてあげられれば良かったかもだけど…」

「いやあ、無理だったろ。あの様子じゃ。」


勝吾の言葉に、全員コクリと頷いた。

育美だけなら、なんとか説得できたかもしれない。しかし、育美の本気に感化された七星もまた、やる気に満ちていた。二人で下校時刻ギリギリまで稽古を続け、朝も早めに学校に来て練習をしているらしい。育美もよく七星に声をかけ、二人で練習に励んでいた。

育美の相棒役は、七星だ。本来なら二人でお互いの体調や疲れを気遣いながら、練習を進めるべきなのだろう。


「まあアイツも、多少は頑張ってコミュニケーション取るようになったけどさあ…」

「無理でしょ、まだまだ人間一年目って感じだし。」


夢乃の独特な言葉選びに、勝吾は耐えきれないといった様子で笑い出す。


「辛辣だな、おい。でもまあ、大丈夫だろ。昨日まで張り切って稽古してたわけだし、今日に限って…」


笑い混じりな勝吾の声は、乱暴に扉を開ける音に掻き消される。

全員が一斉に振り向くと、そこには息を荒げた七星が立っていた。


「…東條、いなくなった。」



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シーン33

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