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シーン23

  • 21lastplay
  • 2021年3月7日
  • 読了時間: 4分



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「…つーか俺、昨日はゲネ後真っ直ぐ帰れって言ったよな?」

「それはすんませんした。」


腕を組んでジト……と見下ろす勝吾に、七星は素直に頭を下げる。

その横で、話を聞いていた朔太郎と夢乃は首をかしげた。


「でもそれ、どういうこと?育、なんで怒ったん?」

「確かに。なんかさあ、ないの?これ絶対ヤバかったみたいな感じ。」


少し考えてみるが、思い当たる節が見つからない。わからない。

突然のことすぎて、整理がついていなかった。


「…分かんない。」

「まあ、あんた鈍そうだしね。」


ため息をつく夢乃に、七星は口を閉じて視線を下げる。


「あーもう!しゅんとするなよ!お前らしくないぞ!」

「そうだよ、大丈夫だって!そのうち帰って来るよ!」


朔太郎と桃華が慌てて慰めるも、ますます七星はうつむき、震える声で呟く。


「…俺、悲しかった。東條、芝居好きなのに…あんなに好きなのに。自分の芝居が嫌いなんて、そんなこと、言わせたく、なくて…」


こらえきれない涙が、ぽろぽろと地面に零れる。悔しかった。一緒にやる芝居を、育美にも楽しいって思って欲しかった。それだけなのに、うまくいかない。

その様子を眺めていた勝吾が、口を開く。


「七星は、それがあいつの本心だと思うか?」

「…分からない。」

「そうか。なら、確かめるしかないな。」


勝吾は七星の頭に手を置き、その髪をかき混ぜた。

鬱陶しそうな顔をしながらも、涙が止まらない七星はされるがままになる。

その様子に、ニッと勝吾は笑って続ける。


「分からないなら、何度だってぶつかるしかない。理解できないからって、そこで手を離したらダメだ。それでも向き合っていかなきゃ、お前らは仲間になれない。」


顔をあげた七星は、勝吾と目が合う。

予想していたよりもずっと真剣なまなざしに、七星は問い返すように軽くにらむ。

笑顔をひっこめて、勝吾は言い聞かせるようにはっきり、ゆっくり七星に告げた。


「言ったろ。これからは、お前が創っていくんだ。」


頭に乗せられていた手が離れていく。

少し考えるように黙った後、七星は袖口でごしごしと涙をぬぐった。


「…俺、行ってくる。」


身をひるがえして、扉に向かう七星に、朔太郎が慌てて訊く。


「え、ちょ、待てよ。行くって、どこ?」

「どこでも、探すしかない。」


ドアノブに手をかける七星を止めるように、夢乃と桃華が声をあげた。


「はあ?ちょっと待ってよ、本番まで時間ないんだからさ。」

「そうだよ七星、落ち着いて…」

「…ダメなんだ。全員揃わなきゃ、嫌だ。」


振り向いた七星は、部員達と向き直る。

その顔には、さっきまでの不安も、困惑もない。


「ちゃんと全員で、円陣組みたい。全員で気合入れて、東條にもちゃんと、楽しいって思って舞台に立って欲しい。誰かが欠けたら、意味がないんだ。東條がいなかったら、俺は舞台に立てない。」


いつだったか言われた。「みんなで演劇部」だと。

一人で悩む必要は無いのだと。

ならこの劇を楽しむのも、「みんなで」がいい。


「頼む、行かせてくれ。」


頭を下げる七星に、朔太郎たちは戸惑ったようにお互いを見やる。

沈黙を破って、夏樹がわざとらしく大きなため息をついた。腕時計を見て、苦笑しながら頭をかく。


「全く、いっつもギリギリ限界でやんなるねえ。」


ヘラリといつものように笑う夏樹の声は、言葉とは裏腹にとても穏やかだ。


「開場まであと二時間、開演までは二時間半。問題児二人は衣装もメイクもまだなので、直前じゃあマズい。ということで、きっかり一時間。それが、タイムリミットね。」


つかつかと七星に歩みよった夏樹は、片手を七星に差しだす。


「ん、スマホ貸しな。」

「え、おぅ……」


戸惑いながら差し出された携帯電話を弄り、夏樹はアラームを起動させる。一時間後に設定された画面をみせながら、夏樹は続けた。


「これが鳴ったら、絶対に戻って来ること。いいね?」

「…はい。」

「それまでの準備は任せな。アタシは、七星を信じて待ってるよ。」


信じてる。その言葉に一瞬ぽかんとした七星は、次の瞬間目をキラキラとさせて頭を下げる。


「はい!ありがとうございます!」


今度こそ七星は駆け出して行く。

遠のいていく足音に、朔太郎は不安げに夏樹を見る。


「ほ、本当に行っちゃったよ…大丈夫なの、これ…」

「まあ、行っちゃったし?待つしかないでしょ。」

「だな。俺たちは、俺たちのできることをやるだけだ。行くぞ。」


「ほら散った散った」と勝吾の号令で、部員たちは戸惑いながらも準備を始める。

今は、七星と育美を信じることが全てだった。





祭りの騒がしい往来の中、透也は一人、かもめ館を見上げて佇む。

足音が周りを過ぎていく中、後ろから彼に近づくものがあった。


「学院長様、演劇部が公演準備に入りました。」


瑠璃子の報告に、美和子が言葉を引き継ぐ。


「しかし、森田七星と東條育美は不在の様子。何かトラブルでしょうか?」


その言葉に、先日の育美が思い起こされ、透也は唇をゆがめる。


「トラブル?笑わせるな。こうなることは、最初から決まっていたさ。」


目の前のかもめ館は、初めて出会ったときとその姿をまるで変えていない。

それがこんなにも忌々しい。積もった思い出が多すぎて、吐き気すらしてくる。

だがそれもここまでだ。


「此処の幕は、もう上がらない。」

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