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シーン26

  • 21lastplay
  • 2021年3月14日
  • 読了時間: 4分

開演を控えた舞台の袖は、慌ただしさと、少しの焦燥感が混ざって渦巻いていた。夏樹と勝吾を中心に部員たちが衣装、音響、照明といった準備に追われる中、桃華は気もそぞろの様子で朔太郎に尋ねる。


「ねえ、七星から連絡あった?」

「ないってば!さっきも言ったろ?」

「だって気になるんだもん〜…」


口をとがらせる桃華に、小道具の整理をしながら、朔太郎は呆れたようにあしらう。その様子を見ていた夢乃は腕時計に目を落とし、ため息をついた。七星が育美を探しに出てから、二十分が経っている。育美を見つけられるのか、見つけても説得ができるのか、確かめる術は自分達にはない。沈黙が部員たちの間に降りる。


「…でもまあ、今は待つしかないじゃん。大丈夫だって、二人なら。」


うんうんと頷きながら、自分を納得させるように朔太郎はつぶやく。

そんな朔太郎に桃華はぽかんと口を開けた後、感動したようにしみじみと言った。


「朔ちゃん…大人になったねえ。」


よしよし、と桃華は朔太郎の頭を撫でる。ぎょっとした顔で朔太郎は頭を振り、桃華の手を振り払った。


「やめてよ、まだ大人じゃねーもん!なんだよ突然…」

「ちょっと前の朔ちゃんならさあ、あんな奴に任せてられるか!って怒ってたんじゃないかな〜って思って。」

「育は俺の親友ムーブ。」

「はぁ〜〜?うっぜ〜〜」


ニヤニヤとつつく夢乃に朔太郎は、バツが悪そうに顔を真っ赤にさせて憤慨する。

からかう桃華と夢乃に対して腕を組んでそっぽを向き、もっともらしく朔太郎はいった。


「いいんだよ、俺は。今は公演を成功させるのが大事じゃん。」

「まあ、そーね。帰ってこないけど。」

「やめろよそういうこと言うの〜…あー胃が痛えー」


鳩尾をさする朔太郎を、夢乃と桃華がまたからかった。そんな風に騒ぐ三人を、「手ぇ止まってるよ。ほら散った散った。」と夏樹が急かす。「はーい」と各々が持ち場に戻ろうとしたとき、バチンという大きな音とともに辺りが暗闇に包まれた。


「うえ?!なになに?!停電?!」

「嘘だろ〜?!踏んだり蹴ったりだなも〜やだよ〜!」


真っ暗な中、桃華と朔太郎の声が聞こえる。スマホを操作し、夢乃はライトをつけた。まぶしそうに顔をしかめる朔太郎と、手で光を遮る桃華が照らし出される。

廊下で開場を待つ人びとの声が、先ほどまでの祭りの賑わいから、ざわざわと動揺をはらんだものに様変わりしていた。


「お前ら、無事か〜?」


非常用として舞台袖に備え付けてある懐中電灯をそれぞれ手にして、勝吾と夏樹が三人に近づく。


「勝吾先輩〜なんだよこれ〜…」


朔太郎の質問に、頭を掻きながら勝吾は答えた。


「あ〜…主電源切られた。この建物全部やられてるらしい。」

「…というと?」


歯切れの悪いその言葉に、夢乃がいぶかしげに首をかしげると、夏樹がため息をつく。


「権力者現るってカンジ。」


「あー…」と部員たちの声がハモった。心当たりがありすぎる。脳裏に浮かぶ若い理事長の顔に、桃華と朔太郎と夢乃は顔を見合わせた。まさかここまでするとは思わなかった。これじゃあ公演をするどころではない。想像以上に執拗な嫌がらせに、このまま公演ができなくなってしまうのではないか、かもめ館が取り潰されるのではという嫌な想像が部員達によぎる。

目線を落とし、押し黙ってしまった三人を見ていた勝吾は、それぞれの肩を軽く叩く。


「大丈夫、大丈夫。演劇にトラブルは付き物だからな。」

「トラブルっていうかさあ…これ絶対仕込まれてるし…」

「仕込まれてるから何だってんだ。此処を任された俺たちがやるべきことは、必死こいて公演を守ることだろ。」


その言葉に、三人は勝吾を見返し、またそれぞれに顔を見合わせた。公演を守りたい。当然だ。七星と育美だってまだ戻ってきていないんだ、負けたくない。

……でもどうしたらいいのだろう。

考え込む生徒たちをよそに、ポケットの中でジャラジャラと音をさせて、夏樹は鍵を一つ取り出した。


「まあ、こうするしかないんだけどさ。アタシの首が飛んだらみんなで養ってね。」

「え、それ、どこの…?」

「秘密の部屋。」

「それ絶対、イケナイやつ…」


桃華の問いに、夏樹は冗談っぽく笑い、朔太郎は嫌そうに顔をしかめた。

勝吾がニッと笑い、その鍵を受け取る。


「平気だって。飛ばすなら俺の首にしろって言っとくから。」

「あんたもここまできて退学はまずいだろうよ。」

「まずいもんか。俺のアディショナルな学院生活は、今日のためにあったと言っても過言じゃないからな。」


くるりと演劇部に向き直り、仰々しい仕草で勝吾はお辞儀を一つした。

暗闇の中、わずかな光に照らされて、不敵に笑う勝吾の眼がきらきらと輝く。


「ショーマスト・ゴーオンって、言うだろ。芝居は、何があっても終わらせない。俺が必ず、繋いでやるよ。」


言うが早いか、勝吾は舞台袖を飛び出し、駆けだしていった。

残された四人は勝吾を見送ると、お互いを見やる。

ため息をついてから、夏樹が口火を切った。


「さてと…アタシたちもやるか。」

「…やるって、何を?」

「知らん。正直、万策尽きてる。まあ正直、開演延長は免れないかもねえ。準備が追いつかないや。」


袖からうかがえる会場は、真っ暗だ。メイクや衣装の着替えは終わっていないし、そもそも明かりがなければ照明も音響も使えない。


「じゃあ、お客さん待たせる感じ…?」

「ん〜…そうするしかないかねえ…」


夏樹たちのやり取りを聞きながら少し考えていた夢乃が、小走りで鞄の元へと駆けていく。ガサゴソとする夢乃の様子をうかがう三人に、彼女は一冊のノートを取り出して見せた。


「ねえ。一個賭けてみようと思うんだけど。」



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