シーン27
- 21lastplay
- 2021年3月15日
- 読了時間: 4分
ブン……という低い音とともに、辺りに光が戻った。
「つ、点いた…?」
「うん、上手くやったみたいだねえ。」
あちこちから安堵の声や歓声が上がり、再び祭りの賑やかさが戻る。作業中断を余儀なくされていたスタッフたちも、それぞれの持ち場へと散っていく。
夏樹が携帯電話で時間を確認すると、七星が飛び出してから三十分と少し。未だに連絡はない。
「うーん…他に小細工されてないかも確認したいし、肝心の主演ズはまだだし…やっぱやるしかないかねえ、それ。」
夏樹が指さす先に在るのは、夢乃が胸元に抱えたノートだ。
朔太郎の顔がサッと青ざめた。
*
「ねえ。一個賭けて見ようと思うんだけど。」
そう言って夢乃が開いたノートには、文字がびっしりと書き込まれている。
一読した桃華が首をひねった。
「なにこれ、脚本…?」
「うん、文芸部の友達に書いてもらったんだ、この話のプロローグ。」
「えぇ……いつの間に。」
「念には念を、よ。実際電気まで消されるなんて思ってなかったし。」
とにかく読んでみて、と夢乃は朔太郎にノートを渡す。桃華と夏樹もその後ろから中を覗き込んだ。それなりにページ数のあるプロローグは、車掌と一人の青年を登場人物としていた。
「銀河鉄道に乗りたいの」
そう告げる車掌に、いぶかしげに応じる青年。その後の物語を案じるようなセリフと、本編では語られない車掌の過去を掘り下げている内容らしい。思った以上にしっかりと練られているそれは、見たところ大きな齟齬も見当たらず、劇になじむのではないかと見える。
ノートから顔をあげた朔太郎は、恐る恐る夢乃に尋ねた。
「……え、これをどうするの?」
「やる。開演時間になったら、少しでも時間稼ぐために。」
「うっそでしょ…」
「キャストは朔と桃華。衣装はそのままでいいよ。」
「いやいや、良くないよ、無理だって今からは無理!」
「今からやんないで、いつやんのよ。いいから覚えて!」
泣き言と共に首を激しく振る朔太郎に詰め寄る夢乃を、夏樹と桃華がなだめる一幕があった。
*
「まじか…でも、そうだよね…」
桃華が神妙な面持ちで夢乃から受け取ったノートを開く。七星たちが戻ってくるかもしれないからと、先ほどは一旦保留になった。いよいよ現実味を帯びてきた『プロローグ追加』に、朔太郎は一層焦る。
「納得してる場合じゃないって!これやばいよ、絶対無理なやつだよ!」
「朔ちゃんうるさい!今覚えてんだから、静かにしてよ!」
桃華に一喝され、口を閉じて朔太郎は縮こまる。
その様子を見ていた夢乃がぽつりと呟いた。
「…ごめん。」
あまりに小さい声に、朔太郎は思わず聞き返す。
「え?なんて?」
「……だから、ごめん。…無理なこと、言ってんのは分かってる。でもさ、勝吾先輩も言ってたじゃん。今はアタシたちが繋ぐしかないんだって。」
胸の前で握りしめた両手に、力がこもる。思い起こされるのは、二年前のあの日だ。
「あの時は、何もできなかった。でもたぶん、今は違う。違うって、証明したい。全部ちゃんと、繋がるんだって。アタシたちの芝居が此処にあるって、みんなに見せつけてやりたい。…今のアタシたちなら、できるんだよ。」
立ちすくむ育美。何もできなかった自分達。冷たい客の声と、諦めがありありとにじんだ夏樹の目。あんなものはもう二度と見たくない。あんな思いは、もう二度と、したくない。だから、夢乃たちは逃げた。二年間も。
でもこの数か月は劇的だった。仲間が増えて、夏樹も変わって。もうあの時とは違うと、心から思える。私たちは、演劇部なのだ。
「…お願い、絶対に繋げるから。だから二人にも、手伝って欲しい。」
深々と頭を下げる夢乃に、桃華と朔太郎は顔を見合わせた。バツが悪そうにほほを掻きながら、朔太郎は言う。
「手伝っても何も、やるしかないでしょ。俺たち、演劇部だし。」
「そうそう、朔ちゃんがぐずってんのなんか、いつものことじゃん。気にしちゃダメだよ。」
「はあ〜〜?ぐずってねーし!」
いつもの調子で言い合いを始めた二人に少しホッとし、夢乃は頭をあげる。
見ると、桃華も朔太郎も、懐かしむような、痛みを耐えるような顔で笑っていた。
「悔しかったもんなあ、あの日は。」
「そうだね、嫌な思いもいっぱいしたしね。…でも、きっと今日は違うよ。」
そういって桃華は夢乃の手を取る。まっすぐに夢乃を見つめる瞳が、揺らいでいた。ああそうか、同じだったんだ二人も。何もできなくて悔しかったのも、七星が来てから変わったと感じていたのも。鼻の奥がツンとするような感覚に襲われて、夢乃は慌てて奥歯をかみしめた。桃華が静かに言葉を続ける。
「信じてる。みんなで笑って立とうね、カーテンコール。」
「…うん、信じてる。二人ならできる。だから、任せるね。」
夢乃の言葉に、桃華と朔太郎は力強く頷く。
裏方スタッフに呼ばれた夢乃を見送り、桃華と朔太郎は互いに向き直った。
「さて、やろっか!」
「……はい……。」
開演まで、あと二時間。
コメント