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シーン27

  • 21lastplay
  • 2021年3月15日
  • 読了時間: 4分

ブン……という低い音とともに、辺りに光が戻った。


「つ、点いた…?」

「うん、上手くやったみたいだねえ。」


あちこちから安堵の声や歓声が上がり、再び祭りの賑やかさが戻る。作業中断を余儀なくされていたスタッフたちも、それぞれの持ち場へと散っていく。

夏樹が携帯電話で時間を確認すると、七星が飛び出してから三十分と少し。未だに連絡はない。


「うーん…他に小細工されてないかも確認したいし、肝心の主演ズはまだだし…やっぱやるしかないかねえ、それ。」


夏樹が指さす先に在るのは、夢乃が胸元に抱えたノートだ。

朔太郎の顔がサッと青ざめた。



「ねえ。一個賭けて見ようと思うんだけど。」


そう言って夢乃が開いたノートには、文字がびっしりと書き込まれている。

一読した桃華が首をひねった。


「なにこれ、脚本…?」

「うん、文芸部の友達に書いてもらったんだ、この話のプロローグ。」

「えぇ……いつの間に。」

「念には念を、よ。実際電気まで消されるなんて思ってなかったし。」


とにかく読んでみて、と夢乃は朔太郎にノートを渡す。桃華と夏樹もその後ろから中を覗き込んだ。それなりにページ数のあるプロローグは、車掌と一人の青年を登場人物としていた。

「銀河鉄道に乗りたいの」

そう告げる車掌に、いぶかしげに応じる青年。その後の物語を案じるようなセリフと、本編では語られない車掌の過去を掘り下げている内容らしい。思った以上にしっかりと練られているそれは、見たところ大きな齟齬も見当たらず、劇になじむのではないかと見える。

ノートから顔をあげた朔太郎は、恐る恐る夢乃に尋ねた。


「……え、これをどうするの?」

「やる。開演時間になったら、少しでも時間稼ぐために。」

「うっそでしょ…」

「キャストは朔と桃華。衣装はそのままでいいよ。」

「いやいや、良くないよ、無理だって今からは無理!」

「今からやんないで、いつやんのよ。いいから覚えて!」


泣き言と共に首を激しく振る朔太郎に詰め寄る夢乃を、夏樹と桃華がなだめる一幕があった。



「まじか…でも、そうだよね…」


桃華が神妙な面持ちで夢乃から受け取ったノートを開く。七星たちが戻ってくるかもしれないからと、先ほどは一旦保留になった。いよいよ現実味を帯びてきた『プロローグ追加』に、朔太郎は一層焦る。


「納得してる場合じゃないって!これやばいよ、絶対無理なやつだよ!」

「朔ちゃんうるさい!今覚えてんだから、静かにしてよ!」


桃華に一喝され、口を閉じて朔太郎は縮こまる。

その様子を見ていた夢乃がぽつりと呟いた。


「…ごめん。」


あまりに小さい声に、朔太郎は思わず聞き返す。


「え?なんて?」

「……だから、ごめん。…無理なこと、言ってんのは分かってる。でもさ、勝吾先輩も言ってたじゃん。今はアタシたちが繋ぐしかないんだって。」


胸の前で握りしめた両手に、力がこもる。思い起こされるのは、二年前のあの日だ。


「あの時は、何もできなかった。でもたぶん、今は違う。違うって、証明したい。全部ちゃんと、繋がるんだって。アタシたちの芝居が此処にあるって、みんなに見せつけてやりたい。…今のアタシたちなら、できるんだよ。」


立ちすくむ育美。何もできなかった自分達。冷たい客の声と、諦めがありありとにじんだ夏樹の目。あんなものはもう二度と見たくない。あんな思いは、もう二度と、したくない。だから、夢乃たちは逃げた。二年間も。

でもこの数か月は劇的だった。仲間が増えて、夏樹も変わって。もうあの時とは違うと、心から思える。私たちは、演劇部なのだ。


「…お願い、絶対に繋げるから。だから二人にも、手伝って欲しい。」


深々と頭を下げる夢乃に、桃華と朔太郎は顔を見合わせた。バツが悪そうにほほを掻きながら、朔太郎は言う。


「手伝っても何も、やるしかないでしょ。俺たち、演劇部だし。」

「そうそう、朔ちゃんがぐずってんのなんか、いつものことじゃん。気にしちゃダメだよ。」

「はあ〜〜?ぐずってねーし!」


いつもの調子で言い合いを始めた二人に少しホッとし、夢乃は頭をあげる。

見ると、桃華も朔太郎も、懐かしむような、痛みを耐えるような顔で笑っていた。


「悔しかったもんなあ、あの日は。」

「そうだね、嫌な思いもいっぱいしたしね。…でも、きっと今日は違うよ。」


そういって桃華は夢乃の手を取る。まっすぐに夢乃を見つめる瞳が、揺らいでいた。ああそうか、同じだったんだ二人も。何もできなくて悔しかったのも、七星が来てから変わったと感じていたのも。鼻の奥がツンとするような感覚に襲われて、夢乃は慌てて奥歯をかみしめた。桃華が静かに言葉を続ける。


「信じてる。みんなで笑って立とうね、カーテンコール。」

「…うん、信じてる。二人ならできる。だから、任せるね。」


夢乃の言葉に、桃華と朔太郎は力強く頷く。

裏方スタッフに呼ばれた夢乃を見送り、桃華と朔太郎は互いに向き直った。


「さて、やろっか!」

「……はい……。」


開演まで、あと二時間。



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