シーン28
- 21lastplay
- 2021年3月19日
- 読了時間: 3分
「あ、キタキタ!来たよ、問題児ズ。」
「うわ、マジだ!もー、ギリギリすぎるってば!」
かもめ館の前で待機していたヘアメイク担当が、人混みを掻き分けながら向かってくる二人の姿を指差す。それを見た衣装担当も、手持ち無沙汰に眺めていたSNSを閉じて、安堵の溜め息をついた。
「すみません、遅く、なりました…」
息も整わないうちに深々と頭を下げる育美につられて、七星も「すんません」と謝罪の言葉を口にする。顔を上げた二人の表情を見て、メイク担当は眉を顰めた。
「てかあんた達、泣いたね?」
鋭い言葉に、七星は目を泳がせる。
「な、泣いてませ…」
「泣いたね?!見え見えの嘘はつかない!!」
「す、すみません…」
反射的に謝った育美の後を追い、七星もまた深々と頭を下げる。しょんぼりと俯く二人の頭を、メイク担当はわしゃわしゃと撫でた。
「謝らない!ダイジョーブ、私たちが魔法をかけてあげる。もう泣かなくても、大丈夫な魔法。」
メイク担当は自信に満ちた表情で笑うと、衣装担当も安心したように頷いた。
「晴れ舞台だもんね。ちゃんと楽しんで、ちゃんと勝って、アタシたちの居場所、ちゃんと守ってよ。此処が無くなったら、困るんだから。」
そう言って力強く肩を叩いてくれる二人に、育美は言葉を返すことができなかった。口を開いたら、声が震えそうだった。そんな育美の背中を、七星がそっと押す。
「やります。…俺たちが、絶対に此処、守ります。」
七星の真っ直ぐな言葉は、決意とやる気に満ちていた。その覚悟に身を任せるように、育美も前を向く。
「宜しくお願いします。」
育美の言葉に頷いた二人は「こっち」と身を翻して、育美と七星の背中を押した。
*
「今ねえ、最終確認が遅れててさ。開演が押しそうなんだけど。桃華ちゃんと朔太郎くんがプロローグで急遽繋ぐことになったとか何とか。結構バタバタしてたかな。」
「朔と桃ちゃんが…?」
「百瀬、あいつ、大丈夫かよ…」
普段のプレッシャーに弱い朔太郎を想像してか、七星は苦笑いを浮かべる。一方のメイク担当は、慣れた手つきでアイラインを引きながら「平気平気〜」と呑気だ。
「二人がいつ戻ってきても大丈夫なように、ちゃんと繋いでおくからって。だから焦って転んだりすんじゃねーぞって、伝言。」
「なにそれ…」
「でも東條、さっき来る時転んでたよな。」
七星の悪気のない暴露に、スタッフたちは「全部お見通しじゃん」と腹を抱えて笑う。恥ずかしそうに顔を伏せる育美の襟を正して、衣装担当は「よし」と満足げに頷いた。
「はあ…ドロドロでぐちゃぐちゃだったけど、まあ、なんとかなったね。」
「うん、いいじゃない。最高じゃん。」
「あの…ありがとう、ございました。」
育美が礼を言うと、二人は少しだけ顔を合わせる。その嬉しそうな表情には似合わない涙が、薄っすらと瞳を覆っていた。
「私さ、晴美さんたちの芝居、観てたよ。あの時の思い出がなかったら、嵐ヶ丘に来てなかったんじゃないかな、たぶん。」
「アタシも。こうやって服飾やりたいって思い始めたのも、演劇観たのがきっかけだったし。こんな形で演劇部に関われるなんて、思ってなかったけどさ。すごく楽しかった。アタシたちこそ、ありがとうだよ。」
零れる涙を隠すように、二人は全身チェックを始める。「不備ナシ!」と楽しげに声を合わせて、育美と七星の背中を叩いた。
「楽しんできてね。」
「はい。…必ず繋ぎます。みんなの、気持ち。」
七星の言葉に、二人は顔を綻ばせた。
「うん、行って来い!」
その声を合図に、七星と育美は、ホールへと駆け出す。
開演まで、もう時間がない。
使用した音素材:OtoLogic(https://otologic.jp)
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