シーン29
- 21lastplay
- 2021年3月20日
- 読了時間: 3分
『スタンド・バイ・ミー』
『スタンド・バイ・ミー...?』
『スティーヴン・キング。恐怖の四季さ、秋の物語。少年と、死と、冒険。君はきっと、その話をしている。違うか?』
『….違うわ。』
『なんだよ...じゃあトム・ソーヤだ。それ以外に考えられない。』
『トム・ソーヤ...』
『さすがに分かるだろ。』
舞台の上では、朔太郎と桃華が並んで座り、静かに会話を続けている。
夢乃の考案した『プロローグ』は順調に滑り出していた。桃華が演じる車掌と、朔太郎の演じる謎の青年。『私、銀河鉄道に乗りたいの。』という車掌のセリフを起点に、物語の先を案じさせるようなやり取りが繰り広げられる。
その様子を、薄暗い舞台袖から七星と夢乃は見ていた。
「すげえ…あれ、本当に即興なのか?」
「あ〜…まあ、火事場の馬鹿力ってヤツだとは思うけど。」
夢乃の言葉に「火事?やばくね?」と七星が真剣な顔をする。呆れたように「もういいよ…」と夢乃はため息をついてスタッフの工程表に目を落とした。
「…七星は?平気なの?」
「平気って、何が。」
伺う七星に、工程表を捲りながら夢乃は問う。
「緊張したりしないの?」
心配しているわけでも、からかっているわけでもないその冷静な態度は、相変わらず何を考えているのか七星に察せさせない。でも、キャストをする傍ら、スタッフをまとめあげるその手腕と熱意は、間近で見てきた。
少し口をつぐんでから、きちんと伝わるように、一言ずつ区切るように言葉を紡ぐ。
「緊張は、ない。楽しみだよ、お前らと芝居できるの。」
桃華も、朔太郎も、夢乃も、勝吾も、夏樹も……育美も。
袖から見える舞台は、光を浴びてまぶしい。そのまぶしさの影にあった、いろいろなことを超えて立つ舞台に、この演劇部でする芝居に、心から胸が躍っている。
「俺、此処に来て良かった。ほんとに、良かったんだ。」
しみじみと言う七星に、工程表を捲る手を止め、夢乃は顔を上げた。
「アタシのお姉ちゃんさあ、此処の演劇部だったんだ。照明担当で、いっくんのお兄ちゃんたちの、同期。」
薄暗い舞台袖で、夢乃の表情は、よく見えない。
「…今日、来てくれてんだ。もう演劇してないし、思い出話も全然してくれないんだけど。ちゃんと話、できたらいいな。此処で演劇作ってたこと、間違いじゃなかったって、思って欲しい。」
「…伝わるよ。俺たち、そのためにやってきたんだ。」
舞台を振り返る。あの先に夢乃の姉がいる。
どうか伝わってほしい。俺たちの思いも、あの人の思いも。
「……そうだね。」
深呼吸を一つしてから夢乃は身をひるがえす。
「…いっくんのとこ、行ってあげてよ。」
「東條?」
「うん。たぶん、ガチガチに緊張してると思うし。そんな感じ、したし。」
「あ〜…そっか。そうだよな…」
先ほど見かけた育美の様子を思い出し、七星は決まりが悪そうに頭を掻いた。
舞台袖の隅で、体育座りをし、祈るように手を組んで目をつむっていた育美は、確かに、どう見ても余裕があるとは思えなかった。
「やっぱ、まだまだだな。色々考えてるつもりなんだけど、全然気づいてやれないんだ。お前ら、すごいよ。」
「…そんなの、これからなんとかすればいいじゃん。まだ三年間、あるんだからさ。」
七星を見ずにそれだけ言うと、夢乃はすたすたと薄暗がりに消えていった。
いつにない、いっそ初めてもらったかもしれない、素直な励ましに七星はパチパチと瞬きを繰り返す。
「あ、ありがとう…?」
取り残された七星は、戸惑いながら礼を口にした。
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