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シーン30

  • 21lastplay
  • 2021年3月24日
  • 読了時間: 2分

まるで悪夢を見ているようだ。

客席最後列で、透也は座った膝に置いていたこぶしを握り締める。


『...ごめん、でも、俺はここに残るよ。蓮だけでも東京に...』

『嫌だ、俺はお前と一緒に東京に行くんだ。』

『蓮...』

『お前が行かないんだったら、俺だって...』


舞台の上で繰り広げられているのは、八年前に自分たちがやるはずだったものだ。晴美が書いた脚本で、二人で主演をするはずだった。

あのころに比べたら、どうしたって荒削りな芝居だ。動きもまだぎこちないし、セリフも自分のものにしきれていない。あいつは、もっと……違う、この芝居が大嫌いだったはずだ。晴美のことなど、大嫌いだったはずだ。なのに、どうして思い出す。

頭を抱えて、席にうずくまる。あれだけ最悪な終わり方をしたのに、脳裏に蘇るのは、良かったことばかりだ。稽古の風景。楽しそうに笑う部員たち。胸を掻き回されるようで吐き気がする。目の前の景色がにじむのに、頭を振り払って、客席を立った。

ホールを出て、まっすぐ舞台袖につながる廊下を進む。

声が、セリフが、透也を追いかけてくる。


『俺は、俺は律と一緒にこの夢叶えたいんだよ!』


脳裏に晴美の顔がよぎり、ギシリと嚙み締めた奥歯が鳴る。

もう後戻りはできない。どんなに想いが蘇ったって、あいつは戻ってこないし、俺たちの演劇部は戻ってこない。全部終わった、晴美が死んだときに。それでもなお足掻くというのなら、自分の手で今度こそ何もかも終わらせてやる。




そうする以外に俺は、どうしたら良いのか、もう分からない。







踵を鳴らしながら歩を進めると、舞台裏に通じる扉の前に、透也は見覚えのある人影を二つ見つけた。


「やっぱり。来ちゃうんですね、あんたは。」

「はあ、できれば来て欲しくなかったけどね。穏便に終わらせたかったというか…」


腕を組む勝吾と、嫌そうな顔をした夏樹が、透也の前に立ちふさがった。

忌々しげに二人をにらみつけ、透也は低くうなる。


「そこをどけ。」

「どかない。あんたがいるべき場所は、此処じゃない。」

「黙れ!!俺が何処にいようが何をしようが、俺の勝手だ。」

「じゃあ、頼む。客席に戻ってくれ。」


まっすぐ見つめる勝吾に、口端をゆがめ、鼻で笑った。


「無理な頼みだな。」

「お願いします。…じゃなきゃ俺は、東條先輩との約束が守れない。」

「…晴美?」


何故ここでその名前が出てくるのか。

困惑する透也に、勝吾は大きく一歩、歩み寄った。



「あんたに、伝えなきゃいけないことがあるんだ。」

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シーン33

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