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シーン31

  • 21lastplay
  • 2021年3月27日
  • 読了時間: 2分

予期せぬプロローグを経つつも、本編の滑り出しは順調だった。七星と育美の芝居が、よく噛み合っている。午前のいざこざが感じられないほど、二人とも冷静だ。

育美の繊細な表現力に、七星の真っ直ぐで芯の強い芝居。正反対だが、不思議とお互いを邪魔しない。

そんな二人がいい影響を与えたのか、朔太郎、桃華、夢乃も、普段以上の力を発揮できていた。このまま何もなく終わってくれれば良かった。


そんな夏樹の淡い期待は、見事に打ち砕かれる。怒りの形相で詰め寄ってきた透也を思い起こし、夏樹は吐き欠けたため息を飲み込んだ。全館停電なんて仕掛けてくるから、きっとまだ何かしてくるだろうとは思った。とはいえまさか、上演中の舞台袖に乗り込んでくるのは、少し予想外が過ぎる。

そんな夏樹に反して、勝吾はまるでこれを予期していたように透也と対峙していた。扉前で彼を迎え撃とうと提案したのも、勝吾だ。意外なその立ち回りに正直、内心夏樹は怪訝な思いだった。

「晴美との約束」という言葉に諭された透也は、今は大人しく舞台袖から劇を見ている。意味深な先ほどのやり取りの真意を、夏樹はまだ聞いていない。


ちらりと隣の勝吾を見やり、透也が来る少し前に交わした会話を思い起こす。


—————あの人さ、俺にはもう、何もないって言うんだ。


舞台袖幕のすぐ内側で、ぽつりと、勝吾は零していた。


—————昔っからそういうとこ、なんか抜けてんだよな。何もないわけないのにさ。遺してもらったもんも、託してもらったもんも、本当はたくさんあるはずなのに、全然気づいてないんだ。


困ったように笑い、舞台を見つめつつも、どこかその先の遠くを見るような眼をする。


—————気づかせてやらないとなんだよな。俺たちが。


勝吾が何を知っているのか、夏樹にはわからない。

ただ一つ確かなのは、勝たなくてはいけないということ。

嵐ヶ丘学院演劇部を、此処で終わらせるわけにはいかない。

だから、どうか、最後まで。


祈るように目をつむった刹那、ガシャン!カラカラカラ……と物の散らかる音が響き渡る。

舞台にまで届くほどの大きなその音に振り向くと、スタッフの生徒が、申し訳なさそうに、散乱させてしまった絵の道具や椅子などの小道具を直していた。

夏樹が駆け寄るも、怪我はしていないようで、他のスタッフたちもあわてたように集まり、静かに片づけ始める。

箱から散らばった絵の具をひとつひとつ拾い集めながら、ふと夏樹は違和感を覚える。舞台から、セリフどころか物音ひとつしない。

はっとして舞台に視線を戻すと、袖幕の隙間から、立ち尽くす七星の、こわばった顔が見えた。

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シーン33

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